
小泉邦子〈67回〉
劇団「文芸座」理事
モナコ公国文化功労勲章シュバリエ章受章
地中海に面したモナコ公国では、4年に1度世界演劇祭が開催されます。ハリウッド映画の有名女優グレース・ケリー(1929〜1982)が、モナコ公妃となり、劇場創設や舞台芸術などを通じた芸術文化の発展に尽したことに由来します。
2017年8月、第16回世界演劇祭で、モナコ公国文化功労勲章シュバリエ章を、モナコ大公の手から受章した1人が、本校出身で劇団「文芸座」理事、小泉邦子氏(1936〜2020)でした。
この時の舞台の、可西舞踊研究所との協力公演「カルミナ・ブラーナ」にも出演され、スタンディングオベーションを受けられました。
邦子氏は、1985年から毎回参加され、多くの舞台が高く評価されてきたことが受章につながりました。

受章式後 左から小泉博氏(63回)、三人目小泉邦子氏、モナコ公国アルベールⅡ世、北日本新聞社板倉均社長夫妻(2017年当時)
世界アマチュア演劇祭で最高賞受賞
邦子氏は本校卒業後、1955年から劇団「文芸座」に入団し、生涯にわたり活躍なさいました。
「文芸座」は、1977年、国際アマチュア演劇連盟の第9回ダンドーク国際アマチュア演劇祭で最高賞を受賞し、1981年アメリカのウェストチェスター国際アマチュア演劇祭でもゴールドアワードなど多数を受賞しています。
富山の舞台芸術が海外で高く評価され、文化交流の道が拓けたことから、置県100年を記念し1983年に国際アマチュア演劇連盟の公式行事として富山国際アマチュア演劇祭(TIATF’83)が開催されました。以来、現在の「とやま世界こども舞台芸術祭」(PAT)までほぼ4年おきに、富山での国際的な舞台芸術祭が開催されています。
邦子氏は、長年の貢献から1998年ハンガリーのデブレツェン市文化功労チョコナイ賞をはじめ、富山県功労表彰(2004)、北日本新聞文化功労賞(2011)、地域文化功労者文部科学大臣表彰(2019)などを次々に受賞されています。
舞台を愛し純粋に追求 圧倒的存在感
アマチュア(amateur)の語源は、ラテン語のamatoにあり、純粋に愛好する姿からは、時としてプロに劣らない深い感動や共感を得ることができます。邦子氏は、生涯にわたり純粋に舞台芸術を追求なさってきました。
自分にない人格を脚本から理解し、別の人生を演じることが楽しく、翻訳物は日本と宗教や考え方、動作も異なり、自ら勉強なさったとのこと。また、「動」の演劇に対し「静」の能楽の仕舞を学んだことも、舞台に生かしておられました。
邦子氏の、舞台での圧倒的な存在感、凜とした立ち居、響きのある声は、演劇にかける勁い意思、弛まぬ努力のたまものと言えるでしょう。
こうして60余年もの演劇活動を夫で演出を務める博氏(63回)とともに続け、主婦として子育てや事業扶助なども、見事にこなしていらっしゃいました。

「安達原」語り 2017.10新利賀山房
南極大陸にもたらした新たな文化
邦子氏は、2016年12月に、世界初となる南極大陸での演劇公演では80歳ながら、見事に主演を務めました。
2015年に南極大陸を訪問した際に、初公演を勧められ、博氏とともに新たな挑戦に取り組まれました。約8ヵ月間の準備の上で、南極大陸ユニオングレーシャー基地を再訪、日本の文化を背景としたセットや小道具を持ち込み、スペイン語の説明とともに、チェーホフ作「結婚の申し込み」を公演されました。
新聞報道によれば、世界各国からの観客は、文化の違いを超えて共感し楽しんだといいます。
過酷な自然の中、政治的中立地での演劇初公演の成功は、まさに人類普遍の文化の力、人々を共感させる芸術の意義を象徴する快挙と考えます。

夢をもち新たな挑戦に取り組む大切さ
その後もご病気でお亡くなりになるまで、さまざまな舞台にお立ちになり、後進を育てられました。
人生において常に目標をもつことの大切さを、身をもって示されたご生涯と言えるでしょう。
生前、邦子氏と博氏は、イースター島を訪ねた際に、モアイ像周辺での舞台を構想なさったそうで、本年8月に、これが実ります。
邦子氏が生涯を通じて示された、夢をもち実現するとやまの芸術文化活動は、これからも多くの人々に、夢と勇気を与え続けることでしょう。
(木下晶 84回卒)