
略歴
1968年 富山高校卒業
1972年 金沢大学法文学部経済学科卒業
2018年 合同会社 新村こうじみそ商店 会長
現在に至る
第80回卒。今年で75歳後期高齢者の仲間入り。本校から徒歩5分、堀川小泉で麹や味噌の製造販売をしている新村こうじみそ商店の新村義孝と申します。何を書こうか迷いましたが、小さい頃からの好きなこと、人との出会い、体験を通して学んだことをふりかえりながら書きました。
中学の時、テレビ「タイムトンネル」という番組の世界の様々な出来事・事件の謎解きが大好きで、地理と世界史が大好きに、高校では地学で考古学が好きになりました。自分の将来の進路はまだ決めていませんでしたが、長男でもあり家業を継がなければならないという思いは胸の片隅にありました。
大学は金沢でしたが学生運動が激しく、授業はほとんど行われず、ノンポリ学生にとっては毎日が日曜日。マージャンやパチンコもしましたが、それにも飽きてアルバイトを沢山しました。「世の中、いろんな仕事があるぞ、今しか経験できんから、しっかり頑張れよ!」道路の線引きや神社のみこし担ぎ他いろんな体験をしました。世の中の広さ、大変さが少しわかった様に思いました。
卒業後、2年程サラリーマンをしましたが、これも先輩方のお陰で仕事、生活の大変さ、家族の大切さを見て、やりがい・生きがいを持つ大切さを学びました。ここで家業を継ぐ決心が出来ました。
さて麹や味噌の作り方は小さな頃から手伝いをしていたのでわかるのですが、麹の働き・成分・味噌の地域性など詳しいことは、ほとんど知りませんでした。
当時は高度経済成長の真っ盛り、一村一品運動などで東京・大阪など大都市での販売も経験する中、東大の山口彦之先生、発酵学者の小泉武夫先生、塩こうじの生みの親、浅利妙峰さんなどの皆さんとの出会いがあり、とても勉強になりました。
さて経済成長はやがてエコノミックアニマルと呼ばれ、バブルの到来、地味な麴屋の仕事はスーパーの影に隠れ廃業される同業者が続出。同じ様に地域の商店街の灯もどんどん消えていきました。やがてバブルの崩壊、日本の社会は大きな転換期でした。
私は仕事も減っていく中で、ピンチこそチャンス、今こそ天然醸造・無添加にこだわり、伝統を守ること、味噌や麹はもちろん、日本一古い飲物と言われる甘酒(コノハナサクヤヒメが作ったと言われている)や、地元の伝統かぶら寿司は人気を落としていました。これら伝統食を守ることを決意することができました。
以来40年、発酵食ブームも生まれ今は息子(5代目)も加わり、各地での味噌やかぶら寿司づくりの講習会(本校でも毎年1年生全員が味噌づくりに挑戦しています)、インターネットでの販売など楽しくやっています。
8月、第80回卒の同窓会があり、皆の語りをなつかしく聞きました。団塊の世代の私達は、日本の良し悪しきを体験(作り)してきました。これからどうなるのか、若い世代に任せるしかありませんが、しっかりと生きたいものです。
趣味としていた歴史や考古学は今も生きがいの一つです。竹内文書というミステリー本の主人公、竹内巨麿宮司は、私の曾祖父(神主)の友でした。また古代遺跡の発見・研究にも関わっています。(古富貴会と申します)両者とも謎だらけですがとても楽しみな研究です。
この時代・この富山に生まれて来たこと、とても幸せにありがたく思っています。
どうか皆様もお元気でお過ごし下さい。ありがとうございました。