
略歴
1971年 富山高等学校卒業
1975年 奈良女子大学家政学部卒業
同年 ライオン油脂(現ライオン)株式会社
家庭科学研究所勤務
1978年 富山女子短期大学(現富山短期大学)講師
1996年 金沢大学自然科学研究科で博士号取得
2000年 富山国際大学地域学部 教授
2008年 同大学現代社会学部
環境デザイン専攻 教授
2010年 同大学 学務部長
2016年 同大学 現代社会学部学部長
私が富山で過ごした高校時代、イタイイタイ病をはじめとする公害が大きな社会問題となっていました。小さいころは食事も服もみんな母親の手作りで、大きなデパートといえば大和しかない。ものを大切にすることが当たり前の時代でした。
高校時代の恩師、故高井進先生の勧めもあって奈良の大学に進学した私は、京都や奈良の伝統ある神社仏閣や美しい庭園に魅せられ、古いものを大切に守って暮らす街のあちらこちらを夢中で訪ね歩きました。就職を機に上京し、あこがれの都会生活を体験しました。東京は高層ビルが立ち並び、人や物があふれて華やかな生活を謳歌する一方で、自動車の排気ガスで大気は汚染され、生活排水が河川に流入することによる水質汚濁など生活環境は深刻でした。工場からではなく、日々の生活の営みが河川や大気などの環境に大きな負荷をかけるようになっていたのです。快適な生活、ものに囲まれた一見豊かな生活に疑問を感じました。その後富山に帰郷して短大の教員となり、授業の傍ら、身近な視点から水環境に負荷をかけない洗濯の研究に取り組むようになり、今日の私がいます。
今は私たち消費者にとって欲しい時に欲しいものがなんでも手に入る便利な時代、商品開発競争で新しいモノが次々と世の中に溢れ、修理しながら我慢して使うよりも新しく買ったほうが早い、安いという価値観が共通認識になっています。その結果、大量のごみ、資源の枯渇や汚染問題。そんな人間のあり方に警鐘を鳴らすように、環境問題が表面化しています。
人は古くから自然を利用して生産活動を行ってきましたが、技術の発展とともに自然のもつ自己修復性を超えた時、環境問題は起こりました。地域規模の公害に留まらず、酸性雨、異常気象、地球温暖化など地球規模の環境の変化が顕著になり、今や後回しの許されない世界各国共通の重要課題となっています。本年5月に行われたG7富山環境大臣会合は、まさに地球を守るため、持続可能な社会への移行を促進するための、国の枠を越えた取組みでした。
今年も各地で熊の被害が発生しています。森林豊かな富山県では10年前の熊の出没を受け、里山整備を自然環境保全の重要な課題として官民一体となって取り組んで、富山国際大学でも環境サークルの学生が中心となり、市やNPO、協定企業の方々と共にキャンパス周辺の森林づくり活動を継続しています。灌木を伐採チップ化して堆肥燃料化したり、苗木の植樹をしたりと、半日でくたくたになる重労働ですが、一方で春は山野草の珍しい花や山菜、秋はキノコやドングリに出会うこともしばしばで、自然の恵みを実感します。これからを担う若い学生たちには、環境問題の基本を理解するのみならず、自然の尊さや森林の大切さを肌で感じ、環境保全のために自ら行動を起こすことを学んでほしいと思います。環境問題は複雑にからみあい、その対策にもさまざまなアプローチがあるため、正解は一つ、という単純なものではありません。しかし、自分たちの住む環境を守るのは、そこに暮らす人であるべきだと思うのです。自然を愛し、広い視野を持ち、多くの人と協力しながら環境保全に貢献する一人一人になってほしいと願っています。
北陸新幹線の開業から2年目、富山の自然や食の恵みを求めて県外、海外から多くの人が訪れています。自然の中で暮らすという贅沢さ。私自身、ようやく故郷の自然が本当に素晴らしいと思えるようになりました。緑や水、山や海と豊かな自然に育まれた人々。そんな恵まれた環境の下、教育や研究に携わることのありがたさを実感できる毎日の生活です。