
略歴
1976年 富山高等学校 卒業
1980年 日本女子大学 卒業
同年 KDDI株式会社(旧 国際電信電話株式会社)入社
2024年 KDDI株式会社 退職
東京富中富高会の会長職を歴任されました西藤久 三氏(76回)、大野隆氏(78回)お二人の先輩からご推挙いただき、2024年度より本会の会長を拝命いたし ました、梶梨津子(88回)と申します。私が東京富中富高会に初めて参加したのは、大学3年生20歳の時、当時の日置事務局長(62回)からお声がかかったと記憶しております。
それから四十余年、まさか私が1958年創設の歴史と伝統ある本会の重責を担うことになるとは、身の引き締まる思いです。微力ではございますが、本会のさらなる発展のために尽力してまいりますので、皆様の温かいご支援を賜りますよう、どうぞよろしくお願いいたします。
さて、私は1973年に富山高校に入学いたしました。高校での3年間は、私の人生においてかけがえのない時間であり、多様な価値観に触れ、知的好奇心を刺激される日々でした。個性的な先生方が多く、「袖振り合うも他生の縁、人と人との出会いは偶然ではなく必然だ、大事にしなさい」、「好奇心旺盛に豊かな感受性を持ち続けることが大事だ」、「富山は文化の枯渇地、故に自ら文化に触れる機会を持って」などの言葉は、今も私の中に息づいています。
1976年に日本女子大学に進学し、1980年にKDDI株式会社(旧国際電話株式会社)に入社いたしました。「通信の自由化」という大きな潮流の中で、2000年に稲盛和夫氏率いるKDDIとの合併を機に経営体制が一変し、社内の状況も大きく変わりました。私にとっては新たな分野に携わる機会が増え、仕事の面白さを実感するようになりました。 スマートフォン黎明期には、若手社員と共に国内外のIT企業とも連携しながら、通信キャリア初の新規サービスを企画・実現することができました。
そして、定年が視野に入ってきた頃、企業美術館の立ち上げを任されることになりました。通信事業を主とする会社にとって、美術館の新設は初の試みで、ノウハウは皆無でした。
そのため、社外の知己や紹介された専門家の力を借り、2020年に「KDDIアートギャラリー」の開館にこぎつけました。同ギャラリーでは、通信会社ならではの強みを活かし、通信技術と ARグラスを組み合わせた新しいアート鑑賞体験を提供しました。また、多摩美術大学美術館や東京都埋蔵文化財センターと産官学連携を図り、小学生向けに対話型鑑賞教室を開催するなど、地域貢献にも力を注ぎました。 昨年からは、文京区認定の生涯学習司として、区が推進する生涯学習支援の取り組みに関わることになりました。44年間の会社人生で培った経験を活かし、通信やアートを通じた生涯学習プログラムの企画・運営など、社会貢献活動に取り組んでいきたいと考えています。
これまでの歩みを振り返ると、東京富中富高会では、官僚、経営者、研究者、教育者など多岐にわたる分野・業種で活躍された諸先輩や後輩の方々との出会いに 恵まれ、多くを学び、支えられてきました。 卒業生の中には、未来を模索し、新たな挑戦を志す方や、生きづらさを感じている方もいらっしゃるでしょう。東京富中富高会を、そうした皆様が互いに励まし、支え合い、共に成長できる場にしていきたいと考えています。
第64回東京富中富高会総会は10月4日(土)14時に開催予定です。日比谷の日本プレスセンター国際会見場で、皆様のご参加を心よりお待ち申し上げております。
最後になりますが、本会のさらなる発展のために力を尽くしてまいりますので、皆様の温かいご支援を賜りますよう、どうぞよろしくお願いいたします。