
略歴
1954年 富山高等学校 普通科卒業
1960年 東京医科大学卒業
1961年 東京医科大学第3内科入局
1970年 東京医科大学霞ケ浦病院内科医長
1976年 茨城県つくば市で室生内科医院開業
1984年 県南地域医療懇話会設立
1986年 県南医療福祉交流会(懇話会が毎年開催)発足
1991年 つくば医療福祉事例検討会(月例)設立
1995年 第2回Ciba地域医療賞(現ノルバティス地域医療賞) 受賞
2008年 室生内科医院を閉院
共 著
「地域の中の在宅ケア」(医歯薬出版1990年)
「このまちがすきだから」(STEP 1993年)
聞き書き
「僕はあきらめないー町医者の往診30年ー」
著:橋立多美、語り・室生勝(那珂書房2006年)
E-mail:monnroo@orchid.plala.or.jp
72歳10ヶ月で病院医15年、診療所医32年の臨床医生活に終止符を打った。一人医師診療所の32年間は外来診療の合間に在宅医療を行い、夜間、休日はかかりつけ患者さんには携帯電話(ポケットベル時代もあった)で対応した。
節目の年を迎えて体力、気力の衰えを感じ、さらに長年共に働いてきた妻の健康を考え閉院を決意た。現場を離れて初めて自分が関わってきた地域医療、地域ケア、特に診療所医について俯瞰的に考えるようになった。その考えの一端を述べ、同窓の方々のご意見を伺えれば幸甚である。
「かかりつけ医」(以下「か医」)という用語は十数年前から使われ始めたが、最近、厚労省が勧めることもあって新聞、雑誌等でよく目につく。 「か医」は近所のかかりやすい診療所医であろう。小児から高齢者まで、ありふれた疾患commondiseaseを臓器別でなく生活環境を考慮して予防から治療、リハビリまで全人的医療を目指し、患者さんへの十分な説明と患者さんが納得した診療を行い、往診や訪問診療、夜間、休日にも対応する。専門医との密接な医療連携のほか薬剤師、保健師、看護師、リハビリ職、介護保険関係職等と協調できる医師である。
一方、「主治医」もよく使われる。最近は病院専門医を主治医、近所の診療所医をかかりつけの主治医とする人が増えている。病院専門医だけを主治医とする人もいてカゼなどちょっとした病気で病院を受診するらしい。これでは病院は混み、病院は役割を果たせない。commondiseaseは近所の診療所医にかかるべきである。
全国的に地域医療連携が進んでいる。「か医」が病院医を紹介するときは診療情報提供書を書き、病院では診療情報を参考に診察、検査を進め、検査成績、診断、治療方針等を「か医」に伝え、切れ目のない医療を診療所医につなぐ。病院・診療所の双方向医療連携である。
入院した場合は開放型病院であれば、「か医」は病院へ出向いて病院医と共同診療し、退院後の生活指導や医療を協議する。後期高齢者、難病、がん等では退院時共同指導を患者さんと家族に病院医、「か医」、病院看護師、訪問看護師、介護保険の介護支援専門員等が協働で行う。
病院医が「か医」を紹介する病院も増えている。病院医は専門医主治医、診療所医はかかりつけ主治医である。脳梗塞、心筋梗塞、難病、がん等の慢性疾患の患者さんは病院主治医に3~6ヶ月毎の診察と高度検査を、かかりつけ主治医に月1~2回の診察、血液検査、処方等を受け、重複検査を避ければ医療費を節約できる。
病院では各専門分野の医師、看護師等のチーム医療である。在宅で最期を迎える人たちが増えてくると、診療所の外来診療と在宅医療を一人の医師だけで24時間365日体制を維持できない。厚労省は在宅療養支援診療所に期待しているが、これとても複数医師態勢でないと機能しない。病院医と診療所複数医による複数主治医制は医療機関の役割分担だけでなく、診療所医は研修や休養の長期休暇が可能になる。
commondiseaseの夜間休日救急医療には富山市のように行政と医師会の協働体制を整えるべきである。しかし、医師不足でそのような体制を敷けない地域がある。医学部・医科大学の学生定員を増やしてもすぐには解決できない。厚労省、医学会、医師団体等が協力して全ての医師を全国的に適正配置することが急務ではなかろうか。