
松 沢 謙 二<30回>
松沢謙二は明治34年(1901)、金沢市生まれ。富山中学校を経て、大正11年(1922)、東京大学農学部農業実習科を卒業。農商務省農事試験場、長野県立南安曇農学校に勤め、県立福野農学校教諭となった。
ブラジル移民計画
1920年代の日本は人口・食糧問題が深刻であった。それらを解決し、農業経営難を緩和するための施策として海外移民が検討され、実行に移されていた。
大正15年(1926)、富山県知事白上佑吉が、ブラジルでの富山村建設を計画し、サンパウロ州アリアンサに3250ヘクタールの土地を購入した。次の白根竹介知事もこの方針を継続し、移民を募集する。そして、村民のリーダー、農業技術指導者として選ばれたのが、当時27歳の松沢だった。生徒からは温厚・実直と評された松沢は、日本の海外進出の必要性を感じており、ブラジル行を早くから希望していた。
昭和2年(1927)、富山県によって第三アリアンサ富山村が開設されると、松沢は他の三家族と共にサントス丸に乗り込んだ。松沢は富山村創設先発隊長として、妻玉喜とともにブラジルへと出発したが、これが見送りの人々との永遠の別れとなった。
苦難と希望のアリアンサ入植
当時のブラジルは奴隷解放からわずか20年。他の地域の日本移民には、奴隷の代替として酷使されていた例もあった。しかし、アリアンサへの入植は、ブラジル永住、さらにはブラジルとともに発展、「共生」をめざすという理想に燃えたものであった。

「松沢謙二ロード」と命名された
第1~第3アリアンサまでの道
富山県からの入植者が入った第三アリアンサは、移民に先行していた信濃海外移民協会と富山海外移民協会が土地を購入し、開拓した村である。入植当初は大きな苦難を伴い、原生林に、持参した天幕二基を張り、掘立小屋が出来るまでの一カ月を過ごした。この時のマラリアによる高熱と過酷な労働は、決して強くない松沢の体を蝕んだ。
松沢は開設以来、信濃との協調に心がけた。さらに、後から来た移民たちの不満を聞き、互助を説いた。そういった松沢の人格に服したからか、アリアンサ内で富山村は最も安定した移住地であるといわれた。荒野からの開墾で資金繰りに苦労する中、コーヒー・トウモロコシ・ジャガイモ・米・バナナなどが植え付けられ、次第に村としての体裁を整えていった。 また、日本力行会の幹事であった宮尾厚とは、もと教師という共通項から、青年のための補修学校、子どもたちのための日本語学校創設にも関わり、専門分野を教授した。また、文化事業にも熱心で、第三アリアンサ図書館には日本から書籍が数多く寄贈された。
資金不足に翻弄される
海外移住組合法の成立を受けて、昭和3年(1928)、富山県海外移住組合が発足すると、第三アリアンサ富山村の運営権が富山県に移され、松沢はその主任理事となった。資金不足は、入植当時からの慢性的な問題であったが、松沢はその調達でますます心労を重ねることになる。「金さえあれば問題は解決出来る」と訴えるが、県からは送金が全くない。絶望から辞表を幾度となく提出するも、了承されなかった。
昭和6年(1931)には大降霜のため、コーヒーに大打撃があり、その二年後、松沢は富山村の移住地事務所の閉鎖を宣言する。万策尽きた松沢は公務を去り、第三アリアンサの奥に借地して一農民となった。
清貧の晩年
妻玉喜と、5人の子供に恵まれたが、昭和4年(1929)に生まれた長男には、貧と名付けた。「清貧にして正しく生きること」を望んでである。松沢自身も、生涯清貧に甘んじ、後年は長く病床にあったが、昭和38年(1963)10月、入植直後のマラリアが再発し、ブラジルで生涯を閉じた。享年62。文字通り、移住地の諸問題を第一線で引き受けた一生だった。
現在も続くアリアンサと富山県のつながり
松沢の播いた種は、アリアンサと富山県との懸け橋として成長している。昭和53年(1978)以来、富山県は第三アリアンサ富山村日本語学校へ日本語指導教員を派遣しているが、これは現地からの強い要望に応えてのものである。平成27年度までに19名が派遣されており、県単位での教員派遣事業としては、ブラジル内で最も長い。近隣のミランドポリス市にも、平成5年(1993)以来、高岡市から教員が派遣されている。
また、本校同窓生には、昭和37年(1962)、卒業と同時にブラジルに乗り込んだ「富山高校三人組」がいる。林忠行・浅野隆史・根塚弘(74回)である。彼らは、当時、高度経済成長期にあった日本にありながら、在校時からブラジル移住の意志を固め、周囲を説得した。ブラジルではそれぞれ起業し、成功している。根塚氏は現在ブラジル富山県人会顧問である。
(川上 徹)
参考文献: 『 第三アリアンサ創設五十周年史』・第三アリアンサ編集委員会・1979年。
『富山県南米移民史』・富山県南米協会・1989年。
『ブラジル日本移民百年の軌跡』・丸山浩明・明石書店・2010年。
『共生の大地アリアンサ』・木村快・2013年。
資料・写真提供: 富山県南米協会。谷英志しらとり支援学校教諭(第三アリアンサ富山村日本語学校派遣)。