富山高校同窓会会長に就任して

略歴
昭和48年   富山高校理数科卒業
昭和52年   東京大学工学部卒業
北陸電力(株)入社
平成27年6月 同社代表取締役社長社長執行役員
令和 3年6月 同社代表取締役会長就任(現任)

北陸経済連合会会長就任(現任)

昭和48年、第85回卒業の金井です。
昨年8月の同窓会総会にて、15年間の永きにわたり会長として同窓会を率いてこられた犬島伸一郎氏(70回卒)から退任のお申し出があり、後任の会長として、私が推挙を受けご承認頂きました。犬島氏には、大変ご多用の中にも、同窓会を永年運営してゆく中で顕在化してきた課題に一つ一つ丁寧に向き合い解決いただき、立派な同窓会として引き継いでいただいたものと考えております。今後を見ますと、2025年には、富山高等学校の前身である富山県中学校が設立されてから140周年の節目を迎えるなど、いろいろと同窓会員の皆様のご協力を頂かなければならない事柄があります。私自身、これから微力ながら一生懸命取り組んでまいりたいと存じますので、何卒皆様方のご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

さて、私事になり恐縮ですが、同窓会の会長をお引き受けすることになり、先日、ほぼ50年ぶりに富山高校を訪ねました。その際、私たちの世代が高校生だったころの日本の社会の状況を思い出し、改めて当時と現在との状況の変化の大きさに驚くこととなりました。

私が入学したのは昭和45年ですが、この頃は、戦後飛躍的な経済成長を遂げた高度成長期から安定成長期に移行しつつある時期でした。ちょうど大阪万博が開催された年であり、多くの人が万博に集まり、酷暑の夏場でも入場のため長蛇の列ができ、日本全体が若く、元気があった時代であったように思います。また、この頃大学生の間では、学園紛争が終盤を迎えた時期で、東大の安田講堂事件及び入試の中止(昭和44年)、更には、あさま山荘事件(昭和47年)など世間を騒がせた事件はあったものの、総じて、社会全体として経済の安定的な成長に基づく将来への期待感などがあり、不安の少ない安定的な社会へ移行していった時期だったように思います。当時、富山高校の生徒には学園紛争の影響はほぼなく、勉強であれ、クラブ活動であれ、それぞれ自分の思いで取り組んでいて、少なくとも将来に対する閉塞感といった感覚はなかったように思います。

これに対し、先日富山高校の一部の生徒さんにお会いした際に思いましたのは、少子高齢化の進展と経済の低成長が続く中、彼らがこれからの日本の社会を支えていくことになる訳で、私たちの世代が高校生であった時よりも、大変多くの荷物を背負っていることは間違いない、ということです。大変だな、という思いと同時に、ぜひ頑張っていただきたい、と心の中でエールを送ることになりました。彼ら自身、このことにどれだけ気が付いているかは判然としませんが、これから進学し、社会へ出てゆく中で、いろいろと考えるようになると思います。同窓会として、奨学金の支給や学習環境の整備など、できるだけの支援をしていきたいと思います。また、富山高校の生徒全体の学力の底上げが必要にも思いますので、良いアイデアがあればぜひお申し出頂きたいと思います。
これからも皆様方のご協力をお願いいたします。

新着のお知らせ